事業承継支援におけるポイント ~事業承継支援人材の育成に携わる方との対話より~③(全5回 連載記事)

3.承継を跨いだ、前・中・後 各フェイズに応じた対応

事業承継を計画的に進めていくことが重要であることは言うまでもありませんが、承継を跨いだ前・中・後の各フェイズにおいて、具体的にどのような対応が必要となるのでしょうか。承継を取巻く背景や事業者の実情に応じてケースバイケースという面も否めませんが、ここでは基本として留意しておきたい事項について説明いたします。

【承継前】

事業承継の必要性について漠然とした感覚を抱いているものの、具体的に何をどうしたらよいのか分からないといった理由や、日々の業務をこなすことに精一杯で、事業承継に関する対話をする機会を設けることが出来ず、取組みが不十分になってしまうことはありがちなケースです。

以下の表は、事業承継が叶わず廃業に至った事業の経営者に対して、廃業を回避できる可能性のあった取組みに関するアンケート調査を行ったものです。

 

対象総数は400件強と限定的ですが、この結果より、特徴的な傾向を伺い知ることが出来ます。

『どのような取組みをしても、廃業は避けられなかった』という回答が4割を占め突出していますが、次点の1割弱の経営者は、『早期の事業承継への取組み』を挙げており、『新事業への取組』、『販路拡大への取組』を合わせると、2割近くのケースにおいて、早期から事業承継を含めた事業の魅力付けや価値向上に取組むことが出来ていたら、廃業せず事業を継続する可能性があったということです。

後回しになりがちな事業承継に関して、支援に携わる者が身近に存在し、気軽に相談することが出来る環境そのものが、事業継続に伴う様々な取組みを推進していくためにも、必要とされていると考えられます。

 

【承継中】

承継の実施に際しては、複雑かつ多くの手続きを同時並行で進めて行くこととなります。例えば、税務や法務の絡む複雑な一連の手続きに関しては、予め事業承継計画として取りまとめのうえ、税理士等の士業専門家と連携し、着実に進めていくことが必要です。

承継実施に際して留意しておきたいことは、事業承継計画に記載した税務や制度に関する内容だけでなく、現在直面している経営上の課題を整理し、課題解決に向けた計画・施策についても合わせて立案し、実行していくという過程です。

こうした取り組みは一朝一夕にこなせるものでなく、承継実務を迎える以前の承継前の段階から、現経営者と一緒に事業について振返り、創業以来の沿や経営理念、現在直面している課題や取組むべき重点施策、会社方針、将来のありたい姿といった様々な視点より承継に関する全体像を理解しておくことが重要となります。

また、事業承継を実施するうえで大きなネックとなるものが、経営者保証[1]の課題です。折角事業の後継者が決まっていても、個人保証を理由に承継を拒否されるケースが多数に上っているのが実情です。

こうした実態を鑑み、「経営者保証ガイドライン[2]」において、金融機関等に対し、事業承継といったタイミングで保証契約の見直しをすることを求めていますが、事業の将来性に不安がある場合等には貸手の金融機関としても保証契約の見直しには慎重にならざるを得ないケースもあり、ガイドラインの主意通りには進んでいないというケースも見受けられます。

現在営んでいる事業を魅力付けし、確実にキャッシュを生み出す事業へと強化していくことも、事業承継を実施していくうえで欠かせない取組みの一つとなります。

 

【承継後】

承継の形態にも、親族内承継、社内承継や、外部によるM&Aといった様々な手法がありますが、重要なことは、事業承継完了をゴールとして捉えるのではなく、新たなスタート地点として認識することです。

M&Aの場合であれば、大きな経営体制の変化も生じ得ることで、社内制度の改変や、買収企業の経営方針による既存業務の見直しが行われることも考えられます。

また、親族内や社内承継により、会社のスキームそのものは変わらなかった場合でも、新経営者がどのような舵取りをしていくのかということは、従業員のみならず取引先にとっても関心の高いこととなります。

 

事業承継後の経営に関しては、従業員や取引先へ安心感をもたらすだけでなく、将来的な成長戦略をどのように描き、どう実現してくかということも必要なテーマとなり得ます。

こうした取組みを実行していくためにも、『経営デザインシート[3]』といった現状認識ツールを活用し、承継までの過去を含めた「これまで」と、自社がありたい「これから」に関する事項について具体的に整理のうえ、現状とのギャップを埋めるべく具体的な対策を立案し、実行してくことは重要です。

但し、こうした取組みを新経営者が自身のみで対処していくことは困難なことも多く、良き相談者として、経営者と一緒に伴走支援する承継支援者の果たすべき役割も期待されています。

事業承継の形は各事業者の実態に即して大きく異なりますが、本コラムで挙げた3つのフェイズでポイントとなる対応について、良き承継支援者へ相談し協力して進めることも、円滑な事業承継を進めるうえで有効な一手となり得ます

 

参考出展元)

・2014年版 中小企業白書 https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/H26/h26/html/b3_3_3_2.html

・中小企業庁ホームページ 事業承継時の経営者保証解除に向けた総合的な対策 https://www.chusho.meti.go.jp/kinyu/hosyoukaijo/index.htm

・中小企業庁ホームページ 経営者保証ガイドライン https://www.chusho.meti.go.jp/kinyu/keieihosyou/

 

[1]経営者保証:中小企業が金融機関から融資を受ける際、経営者個人が会社の連帯保証人となること(保証債務を負うこと)。 企業が倒産して融資の返済ができなくなった場合は、経営者個人が企業に代わって返済することを求められる(保証債務の履行を求められる)。

(引用元:中小企業庁ホームページ)https://www.chusho.meti.go.jp/kinyu/keieihosyou/

 

[2]経営者保証ガイドライン:「中小企業、経営者、金融機関共通の自主的なルール」と位置付けられており、法的な拘束力はないが、関係者が自発的に尊重し、遵守することが期待されている。 経営者保証を解除するかどうかの最終的な判断は、金融機関にゆだねられる。

(引用元:中小企業庁ホームページ)https://www.chusho.meti.go.jp>kinyu>keieihosyou

 

[3]経営デザインシート:将来に向けて持続的に成長するために、将来の経営の基幹となる価値創造メカニズム―資源を組み合わせて企業理念に適合する価値を創造する一連の仕組み―をデザインして在りたい姿に移行するためのシート

(掲載先:内閣府ホームページ 知的財産戦略本部 「経営デザインシート」)https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/keiei_design/index.html

 

執筆:GSRコンサルティング株式会社 渡辺 昇(企業経営アドバイザー 1級販売士 宅地建物取引士 マンション管理士)

 

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