事業承継支援におけるポイント ~事業承継支援人材の育成に携わる方との対話より~⑤(全5回 連載記事)

5.承継実行後に必要な取組み

事業承継にも親族内承継の他、社内承継や第三者によるM&A等、選択した手法に応じて承継実行後に必要となる取組みには違いはあるものの、いずれの手法であったとして、基本として認識しておかなければならないことは、事業承継はゴールではなく、そこから新たなスタートを迎えるということです。

 

【承継後の取組み】

中小企業の多くがオーナー経営の形態[1]となっています。[表A]の通り、承継手法の最多を占める同族や従来から事業を理解する社内での承継であったとしても、事業承継によって経営体制は変化し、新たなオーナー経営者の下での経営を進めていくこととなります。

また、M&Aといった第三者承継の場合、承継した会社の経営方針や組織文化が異なるといったケースもあるため、M&Aによる承継後の経営(PMI[2])をどのように進めていくかが課題となります。  中小企業のM&Aは近年増加傾向[3]にあり、[図A]からも、事業承継の有望な手法としてそのウエートが高まりつつあることが分かります。

重要なことは、承継手続きが完了した時点は一つの区切りではありますが、それは通過点であり、その後の成功を実現していくためには、現在抱えている課題を整理し、将来のありたい姿に向けて具体的な取組みを進めて行かなければならないということです。

【図A】 事業承継 先代経営者との関係性(データ元:帝国データバンク 特別企画 全国企業「後継者不在率」動向調査(2021 年))

【「これから」への視点と、信頼関係の構築】

事業承継やM&Aが実現した後は、現状を含む「これまで」を踏まえたうえで、未来へ向けた「これから」への視点を持って、新たな経営に取組んでいくことが重要です。

例えば、承継をきっかけに経営方針に大きな変化が起こり得るものとして、以下のケースが考えられます。

  • 前の経営者・兼創業者はカリスマ的なオーナー経営を実践してきたが、後継者となった子供は、組織的で民主的な経営スタイルを目指している。
  • M&Aによって買収が決まったが、買手企業は合理的な経営を行っており、社内制度もきめ細かな内容で、業務遂行に関する詳細が定められている。

上記のようなケースの場合、承継後を予め考慮した対策が不十分であると、従業員が困惑し、有望な社員が退職してしまったり、従来習熟していた業務手順が変わったことで生産性が伸び悩むといったマイナスの事態も生じ得ることです。

こうしたケースを想定し、前回のコラムでもご紹介した『経営デザインシート』をはじめとする状況分析の思考補助ツールを活用し、「これまで」と「これから」の視点に基き、将来ありたい姿からバックキャストすることで、承継後において取組みを進めるべき事項を明確化し、対策を検討していくことが、最終的な事業承継の成否のカギとなり得ます。

事業承継計画の立案や、経営デザインシートを用いた将来構想に関する支援の他にも、承継の支援に携わる者が協力可能で、意識すべき事柄は多岐に上ります。例えば、新旧の事業体制の比較分析、承継後のモチベーション向上策、M&Aを通じたシナジー効果の発揮、プロジェクト組成等は、承継後における支援の代表的な取組みとなります。

事業承継のケースや依頼者からの相談内容に応じて支援のあり方は千差万別ですが、何よりも基本となるのは、相談者と支援者の間での信頼関係の構築です。

知識や情報の提供に偏ったり、補助金制度の活用やM&Aへの誘導を進めたりして利得を前面に出すのではなく、事業承継に際して潜在する真の経営課題を発見し、相談者に対して気付きの機会を提供したり、思いがけない障壁に際した場合、解決に向けて一緒に歩みを進めていくといったことは、事業承継を成功に導くうえでも重要な過程となります。

後継者難を背景に、M&Aの関連ビジネスが急成長を続ける等、事業承継関連ビジネスは正に戦国時代の様相で、サービス事業者の金額やサービスレベルにおいて差異も大きく、玉石混合の状況にあります。

本コラムでは計5回の連載を通じ、事業承継支援の人材育成に携わっている識者の方との対話より得られた、これからの承継支援に必要とされる主な事項をテーマとして取り上げました。

事業承継を検討するうえで皆様の一助となりましたら、筆者としてこの上ない喜びです。ご拝読頂きました皆様、ありがとうございました。

 

参考出展元)

・2018年版 中小企業白書 https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/H30/PDF/chusho/03Hakusyo_part1_chap4_web.pdf

[1]中小企業の所有形態は、オーナー経営企業が約72%、オーナー経営企業でない企業が約28%となっている。

出所:2018年版 中小企業白書内掲載資料 アクセンチュア(株)「中小企業の経営体制・経営管理等に関する調査」(2017年11月)

[2]PMI : Post Merger Integrationの略。M&A後の経営のこと。

[3]中小企業白書2018年度版では、M&A仲介を手がける東証一部上場大手3社(日本M&Aセンター、ストライク、M&Aキャピタルパートナーズ)の成約組数をまとめており、同白書によると、2017年は中小企業のM&A成約件数が2012年比で3倍を超え、増加傾向にある。

 

執筆:GSRコンサルティング株式会社 渡辺 昇(企業経営アドバイザー 1級販売士 宅地建物取引士 マンション管理士)

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